カテゴリー別アーカイブ: 川西町

町名の由来

町名の川西町は芦屋川の西の浜手に近い平坦地であることから名づけられました。

平田北町につながる川西町は江戸時代の芦屋村のころから松林や田畑がひろがっていた地域でした。

大正時代から昭和のはじめにかけて、緑地の中に広い敷地の宅地造成が行われて宅地になりました。

当時の地図では川西町の西南に、東洋牧場とよばれた広い土地があって大正年間に乳牛50頭を飼育していたようです。

大正15年にたてられた如来寺は文化活動の場ともなって、川西町には画家の小出楢重も六甲山をのぞむアトリエを持って活動していました。

有名な「枯れ木のある風景」も描かれています。

 

 

芦屋さくら百景93|川西町

芦屋さくら百景93|川西町

 

去年(こぞ)の春、逢へりし君に、恋ひにてし、桜の花は、迎へけらしも
若宮年魚麿(わかみやのあゆまろ)|万葉集

 

ここは川西町の阪神電車ガード下前交差点に咲く桜です。

逆光のため、花が上手く写りませんでした。

阪神電車の方が主役になりました。

 

 

芦屋さくら百景92|川西町

芦屋さくら百景92|川西町

 

花の香を 風のたよりに たぐへてぞ うぐひすさそふ しるべにはやる
紀友則|古今集

 

手前左は川西運動場(グラウンド)で少年野球やサッカー、少年ラグビーなどに使われています。

グラウンド向いにある青少年センター体育館前の桜です。

このあたりは、生鮮品で評判の良いスーパーヤマトもあって、結構賑わいます。

桜は、やはり市町村に積極的に植樹していただくのが良いようですね。

花粉も出ないしね。

 

ところでこの和歌は桜花ではなく、梅花を詠ったものでした。

だって、梅に鶯(うぐいす)ですから。

万葉集の当時は花を愛でると言えば桜ではなくて(山桜しかない)、

住宅地には梅の花しかありませんから。