カテゴリー別アーカイブ: 岩園小

岩園小学校区になります。また山手中学校区です。

六麓荘町、岩園町、翠ヶ丘町、親王塚町、楠町からなります。

および申し出で大原町、上宮川町、業平町は岩園小学校区に変更が可能なようです。

モンテペロバラ園 | 岩園町

モンテペロバラ園 | 岩園町

 

岩園町の岩ヶ平公園内にあるモンテペロバラ園です。

春は桜の名所ですが、桜も終わり、ハナミズキが咲き、さつきが咲く5月の連休シーズンに入ると、ここのバラも咲きそろいます。

この写真は5月5日過ぎのものです。

赤や黄色、またブルーなど色もとりどりで見事ですね、陰での手入れもお疲れ様と感じます。

六麓荘 | 六麓荘町

六麓荘|芦屋っぽい風景

 

1.六麓荘の概要

 

六麓荘町には中古マンションはありませんよ。

 

阪神間の中央部芦屋市街地の北東部にあって、

 

東側は西宮市苦楽園と接している。

 

六甲山麓の標高75~210メートルの丘陵地の南斜面にあります。

 

南北に1.1Km、東西400mの土地で概数で250戸、人口600人でなります。

 

六麓荘町には、富裕層?の子弟が多い学校法人芦屋学園があります。

 

また同じく甲南学園中高校も近くにあります。

 

2.町の設立

 

六麓荘緑地の門
六麓荘緑地の門

 

1928年(昭和3年)株式会社六麓荘が国有林10万坪の払い下げを得て、

 

197区画の宅地開発に乗り出した。

 

当時大阪の居住環境の悪さから、

 

阪神や阪急の郊外への沿線開発などもあって、

 

昭和6年ごろから「東洋一の健康地」として売り出されました。

 

 

3)建築協定と地区計画

 

当初の主体は株式会社六麓荘でしたが、

 

戦後できた町内会が参加し町独自の景観保全の仕組みを運営してきた。

 

具体的には町内会規約でもある「建築協定」の1985年(昭和60年)の制定であった。

 

建物の敷地や構造、用途などを規制して良好な住環境を維持させるものだった。

 

つぎに阪神・淡路大震災後、全壊家屋が31棟の被害が出た。

 

更地化から相続問題での乱開発が懸念され、危機感をいだいて芦屋市と法的拘束のある、

 

まちづくり協議会が主体になって2006年「地区計画」が決定された。

 

 

 

4)町並み

 

Googleストリートビューで見る(日の出橋付近から)

 

設立時に出土した多くの花崗岩が宅地造成や石垣に使われて、

 

石垣の上にはアカマツが植栽されたり、

 

住宅地の景観が決定付けられてきた。

 

さらい花崗岩は石橋や庭石に活用され、

 

後背地の剣谷から湧出するドンドン川との一体庭園化を目指した。

 

現在では阪神間の最高級住宅地としての評判を得ている、

 

一方ではやれ町内会費が年50万だとか、400坪以上の敷地でないとだめとか、

 

これは事実ですが、都市伝説っぽい風評ややっかみがあるようですね。

六麓荘町の萩の花
六麓荘町の萩の花、大きな石垣で咲き誇っていました。

 

余談ですが、芦屋に在住した身の白州次郎氏や在原の業平などは、

 

もっと今の阪急電車より南側の海に近い土地に住んでいた、

 

当時のエスタブリッシュメントやセレブリティの時代とは少し羽振りが違いますね。

 

昔から、天皇家や貴族、またGHQなどの指導者層が

 

別荘や遊び場としていち早く押さえた土地は、

 

やはり風光明媚で水の美味しい良い場所ですね、今でも。

 

 

 

 

 

 

 

※参考:芦屋学研究会編「芦屋の風」2014.1創刊号「六麓荘の形成と変遷」から

岩ヶ平公園|岩園町

659-0013-18|岩ヶ平公園

 

住居表示 〒659-0013  兵庫県芦屋市岩園町18番地

 

岩園町の住宅地にある岩ヶ平公園は春には見事な桜の樹木で近隣から花見客を迎えます。

 

公園の一角には姉妹都市のカリフォルニア州モンテベロ市(Google Map)から桜を送ったお返しのバラをいただいて

 

バラ園にしており、6月と秋には見事なバラの大輪が見れます。

 

大楠公戦跡碑|芦屋の伝説

659-0015-14 大楠公戦跡碑|芦屋の伝説

 

(H28年1月現在ですが、芦屋市で楠木公園は全面工事中であります。)

国道2号線沿いの北側にある洋伸楠町マンションの西隣にある大楠公戦跡碑です。

石碑と大きな鳥居があります。

昭和11年5月に建立とありますから、戦時中の国威発揚の風潮の中でもあって、

当時の地元の力でできあがったとのことですね。

楠木正成(まさしげ)の由緒のある場所はJR神戸駅の北側の湊川神社

JR水無瀬駅前にある桜井の跡、子正行(まさつら)と青葉の別れの場所ですね。

唱歌でも知られていますね。

青葉茂れる桜井の里のわたりの夕まぐれ

木(こ)の下陰(したかげ)に駒とめて

世の行く末をつくづくと忍ぶ鎧(よろい)の袖(そで)の上(え)に

散るは涙かはた露か

正成(まさしげ)涙を打ち払い我子(わがこ)正行(まさつら)呼び寄せて

父は兵庫へ赴かん彼方(かなた)の浦にて討死せん

 

ここ芦屋楠町打出は1336年の「打出合戦の跡」で、楠木正成の後醍醐天皇方が、

逆賊とされた足利尊氏軍を迎え撃って、撃破し九州へ追いやった戦いの場所だったのですね。

このあたりにはマックや六甲味噌やBMWがあります。国道沿いにマンションが続く中で、

一服できる場所ですね。

 

いよっ! 昭和の原風景

写真は2号線側から撮った正面の風景です。

※参考 「業平と芦屋100浪漫」

 

 

ブランズ芦屋翠ヶ丘|翠ヶ丘町

ブランズ芦屋翠ヶ丘|翠ヶ丘町

兵庫県芦屋市翠ヶ丘町18番8号

 

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芦屋さくら百景21 | 親王塚町

芦屋さくら百景21 | 親王塚町

 

さけさけと花にあるじを任せられ 今日もさけさけ明日もさけさけ
良寛

 

 

この風景は良く知られた桜風景だと思います。

芦屋で一番交通量が多いであろう宮川沿いのケヤキ通りで、神戸屋キッチン前にある桜木ですね。

宮川の上にしだれかかる櫻花です。

 

 

 

 

芦屋さくら百景20 | 親王塚町

芦屋さくら百景20 | 親王塚町

 

上下の酔倒あり花の陰
一 茶

 

 

阪急電車の線路の土手で綺麗に咲いています。

土手の左は高架橋になっています。

土手の向こうはイカリスーパーがあって、

そちら側も桜並木が線路沿いの土手にあります。