ash_admin のすべての投稿

とりあえず参考に https://www.facebook.com/necture.suzuki をご覧ください。

パセオ芦屋消失|東芦屋町

659-0095-6-22 パセオ芦屋消失|東芦屋町

住居表示 | 〒659-0095  兵庫県芦屋市東芦屋町6番22号

パセオ芦屋の取り壊し前の外観で東側道路面より
パセオ芦屋の取り壊し前の外観で東側道路面より

特定建築物建築計画概要
特定建築物建築計画概要

阪急芦屋川駅歩1分!にあるテナント型賃貸マンションが取り壊され始めました。

1Fにはクリニックや塾、また保育園がはいり、上階には高級賃貸が入居するマンションでした。

区分所有型マンションではありませんでした。

1990年2月築のRC5F建てマンションでまだ15年しかたっていません。

マンション近くを通りかかって見つけました。

目下重機を使って取り壊し中でした。

建設のお知らせ看板が出ていました。

三菱レジデンシャルの名前でファミリー型マンションのようです。

かなり高級なものになりそうですね。

それにしてもたった15年で立替とは、やはり入居者に退去してもらって(昔は地上げといわれた)壊してでも、

新しいデザインレイアウトで三菱ブランドの新築マンションにしたほうが商売になると踏んだのでしょうね。

ここならスポーツ有名人でも入居したいはずですね。

昔のRCマンション寿命は35年くらい、

最近のRC(鉄筋コンクリート)マンションは60年、

中には100年や研究段階では300年もあるそうです。

コンクリートの物理的寿命よりは、社会的寿命の方が市場原理から早くなるマンションもあるんですね。

びっくりポンやっ!

■その後竣工したようです。「ザパークハウス芦屋川」

https://www.mecsumai.com/tph-ashiyagawa/top.html

2019年3月現在のGoogle street viewの風景です。

(まだGoogle表示が不安定ですが、画面を拡大表示にして阪急「芦屋川駅」の線路沿い東北側すぐに航空写真が見られます)

親王寺 | 打出町

659-0022-3-21 親王寺 | 打出町

 

住居表示 | 〒659-0022 兵庫県芦屋市打出町3番21号

阿保山親王寺、国道43号線のすぐ北側にあります。

言い伝えによると在原業平の父君である阿保親王がこの地に住んでいたとことから、

1500年前の平安時代に建設されたそうです。

時代が江戸時代になり、

阿保親王の子孫である長州(山口県)の毛利の殿様が

参勤交代の折にはここに立ち寄って

宝物を贈ったりされたそうですよ。

 

阪急より上? | ほんまでっか

阪急より上? | ほんまでっか

え?芦屋なん?

どのへんに住んでる?

阪急より上?

いや~上やけど、たいしたことないんよ~

 

1)山手の地域

芦屋のことを少しかじった方との良くあるシーンですね。

広くてゆったりした敷地の住宅が多いのが山手と呼ばれる、岩園小学校や山手小学校の校区です。

ただ山手小学校は阪急電鉄線路より下の町まで入りますが。

 

たしかに岩園町や山芦屋町などはマンションやアパートが少なく、戸建ても多いですね。

ただマンションは高級なものも含めて、この山側にも多いですので、いちがいに戸建てばかりでもありません。

用途地域指定で昔の一種低層住宅地などが本来そうでしょうね。

 

上の図画芦屋市の用途地域図で、この阪急電鉄の上(北)側が、よく高級な山手といわれてしまうエリアなんです、(芦屋市引用

 

2)芦屋の山手イメージはどこから

むしろこの高級感があるのは、土地区画ではなくて、電鉄会社の利用客の上品さや文化度によるのかなと感じます。

阪急沿線(岡本、芦屋川、夙川、西宮北口、武庫之荘)の乗降客はマダム、沿線の学校に通う清楚なおじょうさんやサラリーマン層が多いです。

ときには宝塚音楽学校の生徒さんも見かけますね。

一方、阪神電鉄沿線(深江、芦屋、打出、香枦園、西宮、今津)の乗降客は、少しおばちゃんやおっちゃん多いですね。

さすが阪神タイガース球場がある甲子園駅にかようには便利ですが・・下町風ですね。

中間がJR東海道線神戸線沿線(住吉、芦屋、西宮、尼崎)でサラリーマン層や学生層、旅行客が多いです。

新快速が停車するので、新幹線新大阪駅にも大変便利ですのでビジネス客も多いですね。

 

このように、山手側から上、中、下の評価が市外の方からの評価ですね。

 

3)首都圏なら山手は

首都圏では山手と言っても山手線の中ではありません。

中心部からの発展の歴史が浅いところが、山手と呼ばれているような気がします。

山手線は明治時代、品川~渋谷~新宿~板橋~赤羽を結んでいました。上野・神田・有楽町・新橋など「海・川に近いほう」は江戸時代からの中心地で、鉄道を通す場所がなかったからです。そこで当時は未開の地だった「山に近いほう」に、バイパスとして山手線ができました。

山の手の高級イメージは、その後、この地域が急速に宅地化されたことによって生まれたものだと思います。

とありました

やはり電鉄の発展史によるのでしょう。

これは首都圏西部では京浜急行沿線、JR東海道線、東急各線の逆の順で下中上の関係に似ています。

また田園都市線、小田急線、京王線エリアも同様な上中下の格差型評価がありますね。

いいすぎでしょうか?

聞いた話しですがブラジルでは貧富格差のエリアは山手(がけ地)が貧、海側が富裕層と聞いたこともあります。

これは交通の利便性からでしょうね。

国や地域、発達の歴史によりけりですね。

 

レッテル貼りは一刀両断で快感ですが、やめたほうが良いでしょう。

 

(つづく)

 

 

 

芦屋は外車だらけ | ほんまでっか

芦屋は外車だらけ | ほんまでっか

1)外車の比率

芦屋市内の乗用車はたしかに外車が多いです。

宮川沿いのイカリスーパー前交差点で、

ボーっと昼下がりにウォッチしてみたら

通行する車のうち約30%程度は外車です。

この宮川けやき道路の神戸キッチンあたりの夏のケヤキ並木は緑が映えて美しいですね。

ミラノは緑の街路樹のトンネルに似ています。

交通量も多く、おとなりの山手の夙川、苦楽園や六麓荘町などから

芦屋市側に下ってくる車でにぎわいます。

どれくらいの外車があるかは、

ググって見ると大体3割くらいとブログなどには書かれていますね。

 

一番多いのはベンツ次はBMWが人気です。次はアウディと感じます。あとレクサスかな。

とくにベンツは外車の25%くらいを占めているのではと感じます。

統計的な数値は陸運局兵庫陸運部にお尋ねされればいかがかなと。

 

2)道路や住宅事情

芦屋市は道路が狭く、また坂道も多く、ハンドル操作が楽なように大型車種は少ないようです。

大きなお宅のガレージには2~3台入る車庫ありで、

ご主人(運転手付き)用、奥様用(子供の送迎)、普段買い物用(レクサスなどのハイブリッド国産小型)となっています。

でも前面道路が狭かったり、急坂(例の◎印がある)で車庫入れが結構大変なんです。

阪急芦屋川駅の高架付近は、塾通いの送迎会社で交通渋滞しますので、大型車種では摺るでしょう。

 

3)外車ブランド

写真は外車のバッジですね、見かけた外車ウォッチングはいかがでしょう。(引用

国別には

ドイツ     フォルクスワーゲン・ベンツ・BMW・アウディ・MINI・ポルシェなど
イギリス     ジャガー・ランドローバー・ローバー・ロールスロイスなど
イタリア     アルファロメオ・フィアット(FIAT)・フェラーリ・ランボルギーニなど
フランス     シトロエン・プジョー・ルノーなど
スウェーデン     ボルボ・サーブなど
アメリカ     キャデラック・クライスラー・ジープ(Jeep)・フォード・シボレー・ハマーなど

なぜかドイツ車が人気なんですね。

 

ちなみに外車正規ディーラー店は東灘~芦屋~西宮の2号線に集中しています。

やはり売れてるんですね。

①ベンツ
メルセデス・ベンツ神戸東灘(株式会社ヤナセ・神戸支店)
神戸市東灘区本山南町7-8-26

②BMW
Hanshin BMW 芦屋支店
芦屋市春日町1-5

③アウディ
Audi 西宮
〒663-8113 兵庫県西宮市甲子園口6-13-22

④ポルシェ
ポルシェ センター西宮
西宮市産所町11-31

⑤ワーゲン
Volkswagen西宮
兵庫県西宮市神楽町12-1

 

(つづく)

 

 

 

 

芦屋の年表 | 芦屋史と人

芦屋の年表|芦屋史と人

芦屋の歴史年表です。

参考文献:「あしや子供風土記、第6集、芦屋の地名をさぐる」(財団法人 芦屋市文化振興財団編)

1)旧石器 縄文時代(~2世紀)

・打出小槌遺跡

・山芦屋遺跡

朝日ヶ丘遺跡

2)弥生時代 (2世紀~)

・会下山遺跡

3)古墳時代 (4世紀~)

親王塚古墳

・金津山古墳

・八十塚古墳群

4)飛鳥・奈良時代 (7世紀~)

・芦屋廃寺創建

5)平安時代 (9世紀~)

・744年 芦屋処女(おとめ)の歌が万葉集に

6)鎌倉・南北朝時代 (13世紀~)

・1336年 楠木正成・足利尊氏の打出合戦

・1351年 足利尊氏・直義の打出浜合戦

7)室町・安土桃山時代 (15世紀~)

8)江戸時代 (17世紀~)

・1695年 打出村大火

・1769年 芦屋・打出村が天領に、三条・津知村が尼崎藩領に

・1841年 猿丸安持が奥山池の開さく始める

9)明治時代 (1900年~)

・1889年 町村制実施

・1905年 阪神電車開通、芦屋打出駅設置

10)大正時代 (1912年~)

・1913年 東海道線芦屋駅開設

・1920年 阪急電車開通、芦屋川駅

11)昭和時代 (1926年~)

・1927年 阪神国道開通

・1929年 六麓荘の開発始まる

・1940年 11月10日 市制施行

・1951年 芦屋国際文化住宅都市建設法公布

・1976年 埋立地の町名決まる

12)平成(1989年~)

・1995年1月17日 阪神・淡路大震災

・現在に至る