■ 2010年10月31日(日)

 WBC 世界スーパー・バンタム級タイトルマッチ


 10月24日(日)東京・両国国技館で開催されたエキサイトマッチスペシャル「This is BOXING」を観戦した。前職で4年前まで仕事をご一緒したN氏のお嬢様がWOWOWのアナウンサーをされていて、その筋からの観戦チケットを入手され、お誘いに便乗した。
 ボクシングのライブは生まれて初めてだったが、“Speed King”の異名を持つ信念の王者・西岡利晃のあの身体能力には驚いた。23歳の西岡が地元兵庫から世界に一歩踏み出したウィラポンとの初の世界タイトル戦がちょうど10年前だったそうだ。
 後にV14王者となるウィラポンの壁に4度跳ね返され、その間に左足アキレス腱断裂に襲われながらも不屈の闘志でボクシングを続け、2008年にナパーポンから世界王座を奪って今回が10回目の世界戦であった。
 対戦者のアンディー・ムンロー(イギリス)は世界ランク1位であり、西岡にとっては初めてのサウスポーである。ムンローのニックネームは「ボクシングのビンマン(廃品回収業)」。ムンローのもう一つの職業であり、「働かなくてもいいが足を地につけていることを意識したい」「ボクサーとして知られるようになったが、今もブルーカラー(労働者階級)に属していることを確認したいから」と語っているそうだ。
 試合は12ラウンドまで目が離せない凄い試合だったが、素人の私が見ても終始、西岡の優勢だった。西岡は挑戦者のムンローが打たれても、打たれても前に出てくるところを軽快なフットワークで交わしながら、時折り左のフィニッシュブローを繰り出す。それが的確に命中するのである。
 西岡の奥さんや娘さんのことが彼のボクシングの糧になっていることは有名な話であるが、世界戦を戦い続ける不屈の精神はどこから醸成されるのだろうか?

 話題を変えよう。今日(10/31)午前、2010年の目標の一つであったPMI(プロジェクトマネジメント協会)日本支部組織成熟度研究会の発表を学術総合センターで開催されたPMI Forum 2010で実施した。以下にURLを記録しておきたい。
 (https://www.pmi-japanforum.org/pmi/forum-2010/OPM_PMikusei.html#f-1)
 発表のあと、研究会の座長である池田さんと学術会館のレストランで食事をし、午後はゆったりした気分で、愛宕山の東京美術倶楽部で開催中の大刀剣市を見に出かけた。会場で岐阜関の濃州堂さんの田中順子取締役とお会いすることができた。来年春にはMy Swordをお願いしよう!
 (https://www.zentosho.com/daitoichi.html)

 (つづく)

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